1978年、日中平和友好条約が締結されてから10年後の1988年、当校は板橋区にて開校しました。設置者:株式会社国際人文企画 代表取締役 宋群、所在地:東京都中野区南台3-26-13(現在)。
初代理事長 金国英明(元日中文化事業協会会長・作曲家)、後援会 横沢会長
初代学院長 根本茂夫(元文部省大学試験委員会会長・神奈川大学名誉教授)
理事 香山磐根(元虹の会会長・大連会事務局長・会計事務所経営)、
二代目理事長を努めることになる高間隆(元政府OB)、
二代目学院長助野健太郎(元聖心女子大学学長・名誉教授)、
三代目の理事長橋元春男(法学博士・元秋田経済法科大学法学部長・名誉教授・元北京外国語大学客員教授)、
日本語教育顧問谷光忠彦(元明海大学日本語学部部長・名誉教授)、
学院長宋群(日本言語文化学博士・元日中文化事業協会理事)
により、日中友好の懸け橋となり、未来の国際社会を担って立つ優秀な人材の育成を目標に国際人文外国語学院として東京都板橋区にて産声を上げました。
1998年には日中共同宣言が出され、日本と中国にとって、世界における経済、平和友好の役割はますます大きくなっていきました。
両国の共栄に湧き上がる中、宣言に先立つ1994年には、当校は東京都中野区の現在の5階建ての校舎に移転、明日の世界を背負う優秀な若者で教室は埋めました。
1998年には日中共同宣言が出され、日本と中国にとって、世界における経済、平和友好の役割はますます大きくなっていきました。
2003年には、中国大連に進出し、合作学校及び培訓センターを作り、また日本語教育普及のため、大連市の各高校の日本語教師を対象者に、定期的に日本語講座を開催し、日中交流に役立つ人材の育成に貢献してきました。
東日本大震災や、リーマンショックなど、さまざまな厳しい経験を踏まえ、21世紀、日本はアジア、世界の中で大きく役割を変えようとしています。当校もアジアの平和と発展のために、中野弥生町に分校をあげ、東南アジア各国から留学生を受け入れるようになり、国際社会を大きく動かすことのできる人材を、ここ中野区から世界へ送り出すべく、毎日、教鞭を握っています。
これまでの卒業生は7500名を越え、現在、弁護士、通訳、会社経営者、銀行支店長、日本語教師、IT技術者など、アジアの各地で活躍しています
当校にとって教育、それは人格育成に他ならないということをモットーにして
アジアから集まり参じる若者とともに成長して参ります。